日本人ことはじめ講座は、日本人らしさゆえに世界を魅了する無名の日本人を増やします。

和えの会代表理事、内田です。和装入門者として伝統文化継承への思いを書き綴ってみたところ、京都手描友禅協同組合主催「第17回きものエッセイ募集」にて拙作「日本人の証」が、大賞の一つ「きものサロン賞」を受賞いたしました。http://www.yuzen.or.jp/news/news.php?oid=116

以下、ご高覧いただければ幸いです。

 

日本人の証

「すばらしい・・・・」「ほんとに豪華な民族衣装ね!」ため息まじりの声が、人だかりの中から聞こえる。まるで市役所中の人が見に来たかのような注目ぶり。なんて誇らしい気分だろう・・・・。私は、祖父母が買ってくれた振袖を着てパリ郊外の市役所で行われた自らの婚姻式に臨んだ。夫をはじめ、おそらくこのとき人生で初めて「生」の振袖に触れたフランス人たち。吸い寄せられるように私の周りに集まる彼らの賛美の声を聞いて、着物の存在感と魅力に驚いたのは、むしろ日本人の私だったのではないか。

あのとき「着物をもっと着よう」と心に決めてから幾年。ついに今年、着付け教室の門を叩いた。まだまだ着姿が板についたとはいえず心もとないけれど、着物でのお出かけは心が弾む。多彩な色や柄の組み合わせの自由さ、自己表現の楽しさは洋服の比ではないと知り、もっと早く着物に向き合えばよかったと悔やまれる。この装いの妙味に、なぜ巷のおしゃれ好きたちが気付かないのかと不思議でしようがない。

たしかに着物は面倒くさい。洋服に比べて決まりごとも多いし、取り扱いも簡単ではない。でも、なんでもかんでも楽で簡単な方向に流れていいものだろうか。効率や経済性とはちょっと距離を置いたものに目を向けること、皆が右を向いているときにあえて左を見ることで、視線の狭間からこぼれ落ちた大切なものの存在に気付く。

フランス人は、それを着ているだけでフランス人だとわかるような民族衣装をもたない。そう考えると、深く豊かな伝統の上に受け継がれてきた、先人たちの美意識と職人技の結晶ともいえる着物がどれほど尊いものか、日本人自身に気付いてほしいと祈るような気持ちになる。日本人であること、民族のアイデンティティをしっかり打ち出す姿勢こそ、外国では敬意を払われるのだと着物に教えられた、和装入門者の切なる思いだ。