日本人ことはじめ講座は、日本人らしさゆえに世界を魅了する無名の日本人を増やします。

今年平成25年は、伊勢の神宮と出雲大社という二大神社が、そろってご遷宮(社殿を新しく造り替え、神様にお引越し頂くこと)を迎える、大きな節目の年にあたります。この記念すべき秋に、図らずも自国の伝統文化、精神性を大切にしてほしいという願いを込めた「にっぽん人即席養成講座」(現:日本人ことはじめ講座)が始動することになり、感慨深い思いがします。

さて、伊勢の神宮の式年遷宮は二十年に一度の大祭ですが、神宮にとって一年で一番重要なお祭りは、毎年10月に執り行われる「神嘗(かんなめ)祭」です。

日本の守護神である天照大御神が、三種の神器とともに人々の糧にするよう瓊々杵尊(ニニギノミコト)に持たせた一把の稲穂。それが「今年も立派に実りました。また一年、民が飢えずに幸せに過ごせます」とミコトの子孫にあたる天皇が、感謝を込めて大御神の御前に新米を奉られるご神事です。

実際には天皇に代わって、斎王(いつきのひめみこ)が祭主を務められます。現在の祭主は黒田清子さん。先代の祭主でいらっしゃった池田厚子さん(今上陛下のお姉さま)もそうですが、緋の袴があれほど似合うのは、皇族の女性をおいてほかにはいないと思われるほど。神代から国家安寧の祈りを捧げてこられた「血統」の重みを感じます。

私も過去に二度、この神嘗祭を見学したのですが・・・・なんと申しましょうか、言葉を超える体験でした。

星が輝く夜空の下、森閑とした漆黒の杜に祓いの太鼓の音が響き渡ります。
ざっざっざっざっ・・・・玉砂利を踏みしめる規則正しい足音。
いにしえの巫女かと見まがうような祭主を先頭に、神官の清らかな白い列がたいまつの灯りをまとって通り過ぎて行く様子は、夢の中で見た光景のようです。

夢の中といっても、ディズニーランドのようなきらきらとしたファンタジックな世界ではなく、まるで自分があの世とこの世の狭間にいるような、あるいは異界と隣り合わせの幽玄の空間にいるような感覚です。

二千年変わらず繰り返され、揺るぎのないものが確かにここにはある。
そう思うと、その時間の積み重ねと尊さが、ただただありがたく、目には涙が溢れました。
「何か大きなもの」を前にして、おのずと静かにこうべを垂れる自分がいました。

言葉を超えた経験をむりやり言葉にするとこんな感じです。

「自分というちっぽけなものはどうでもよくなり、宇宙規模の大きなスケールに圧倒される。ここに立てたこと、生かされていることに感謝の念しかない」

あるTV番組で、神宮初参拝の感想を感激の面持ちでこう述べた北野武氏。
神宮のお膝元では、「さすが北野さん、神宮の深いところをよくぞ感じ取ってくださった」ともっぱらの評判だったと聞きました。

神宮の清さが人を引き付けてやまない理由。それは「私」を排し、徹底して「公」の精神に貫かれているからだと思います。「はて、どういうことか?」と気になった方には、当法人主催の伊勢神宮に関する講座の受講をおすすめします。

日本人の心の深いところに染み入るお話をぜひ聴いてみてください。すでに神宮に足を運んで何かを感じた人も、そうでない方もご参加お待ちしております。

最後に、昭和42(1967)年秋、神宮を訪れた著名なイギリスの文明史家アーノルド・トインビーが残した言葉をご紹介します。

Here, in this holy place, I feel the underlying unity of all religions.
(この聖地において、私はあらゆる宗教の根底をなす統一的なるものを感ずる)