日本人ことはじめ講座は、日本人らしさゆえに世界を魅了する無名の日本人を増やします。

Nさん宅では、初日は柱から飛び出している釘抜き、二日目はリフォームに邪魔になる木材と断熱材の引き剥がしを行いました。日によって現場は変わるのですが、私と友達は、偶然にも二日続けてNさん宅を担当しました。両日とも女性2人(私たち)、男性3人のチーム編成です。

10時半~11時頃に作業を開始し、20分作業後10分休憩を繰り返し、ランチ休憩は30分。14時に作業が終了するので、トータルの作業時間は2時間程度です。

両日とも晴天で35度前後の気温でしたが、屋内で作業していたのでさほど負担ではありませんでした。こんなに楽でいいのかなと思うほど。とはいえ、炎天下の作業で熱中症にかかり救急搬送されたボランティアさんもこれまでに何人かいたと聞きます。かえって現場にご迷惑をかけないように、とにかく無理をしないことが肝要なのです。

 

整理整頓された道具類。作業後は使った道具の種類と数をチェックします。

 

同じチームの男性陣に話を聞いてみると、「近くに住んでいるけど被災していないから手伝いに来た」「両親の里が岡山だから気になって」など、岡山にゆかりのある方がほとんどでした。中には県内の造船所で設計エンジニアとして働いている中国の方も。「気にはなっていたけど休みが取れたからやっと来れた」とのこと。日本人へのご支援ありがとうございます!

休憩時間中、依頼者のNさんから被害当時の様子を聞いたり、今後の見通しについてお話をうかがったりしました。Nさんは「5m20cmの浸水、ほんまやってられんわ!わははは!」などと明るく笑い飛ばしていらっしゃいましたが、被災していない私たちにその胸中を推し量ることはできません。

私たち女性2人は初日の作業で要領を得ていたので、Nさんにも「一度やってくれた人が来ると(作業がはかどり)やっぱり助かるわ」と言っていただけのは、何よりでした。

作業終了後は、サテライトに戻り使った工具などをきれいに洗います。履いていた長靴も高圧洗浄機で汚れを落としました。救護スタッフはビニール袋に入った氷を持ってきてくれて身体を冷やすようにと、きめ細やかにフォローして回っていました。

 

感染症を防ぐために作業後、長靴や工具は洗浄します。

 

専用バスに乗ってボラセンに戻ると、大勢の運営スタッフさんが「お疲れさまでした!」と笑顔で出迎えてくださいました。長靴、手、口の消毒を済ませて、活動は終了です。

東日本大震災の被災地にも3度入りましたが、倉敷ほど運営体制が充実していた現場は初めてです。一連の流れが滞りなくスムーズに進み、ボランティアへの配慮も十分すぎるほど。

皮肉なことですが、近年日本で不幸な災害が続き、ボラセン運営や支援活動のノウハウが蓄積し、生かされた結果なのでしょう。

 

*    *    *    *    *    *    *    *    *

ボランティアをしたと人に話すと、相手の反応に違和感を覚えることが少なくありません。やたら「すごいよ!」を連発されたり「なんて人道的な!」と感心されたり。尾畠さんについても、「聖人を見るようで頭が下がります」「私も尾畠さんのような生き方をしたい」などと、称賛の言葉があふれています。が、どうもこういった受け取られ方はしっくりこないんですよね・・・・。

ボランティアを『崇高な理念を持った特別な人がやる特別なこと』と思っている人が多いようですが、少なくとも私にはその定義は当てはまりません。近所の人や職場の同僚にヘルプを頼まれたら手を貸すのと同じ感覚です。上記の作業を見ておわかりの通り「すごいこと」はしていませんよね。誰でもできることを、日常からちょいと離れた場所でやっているだけ。

 

私たち崇高な理念なんてないけど、ボランティアに来ました!

 

かく言う私も、初めてボランティア活動するときは緊張していました。被災者にそそうをしないか、ベテランさんに「考えが甘い!」と怒られるんじゃないか、とか。でも、あとで思ったのは「普段の人間関係で気をつけていること、その範囲の言動・思いで動けばOKだ」ということ。いつもどおりにやればいいのです。

呉市の支援を継続中の尾畠さんも「まだまだたくさんのボランティアが必要。迷っていたら一歩を踏み出してほしい。ひとりが土嚢一袋を詰めるだけでもいいんです。500人集まれば500袋。そうすれば被災者も喜んでくれるし、あっという間に復興する」と。

ボランティアは気負ってすることではなく、もっと自然体で軽やかに行ってよいもの。そして一度やると、なぜかまた次もやりたくなるもの。ボランティア初体験の友達も「しほさんが言ってたことがわかった」と言ってくれました。案ずるより産むが易し。というわけで、次回はいつ行くか友達と相談中です。