日本人ことはじめ講座は、日本人らしさゆえに世界を魅了する無名の日本人を増やします。

日本型の集団主義と勤労倫理を学び過度の西洋型個人主義を見直そう——ルック・イースト政策で知られるマレーシアのマハティール首相が、秋の叙勲で桐花大綬章を受章されました。

マハティール首相は御年93才。今年5月、親中の前政権を破り15年ぶりに首相に返り咲いたというニュースには驚かされました。そのお年で激務であろう政権運営ができるのか?!と率直に思いましたが、お写真を拝見すると実にお若い。ますます意気軒高といったところでしょうか。ともあれ無類の親日家として知られるマハティール首相の就任は、日本にとって朗報に違いありません。

 

11月6日、安倍首相と会談したマハティール氏。

 

マハティール首相がかつて日本をモデルにした経済成長を目指した理由は、ご自身の体験にあります。

日本がマレーシアを占領中、マハティール氏が学費を稼ぐために屋台でコーヒーやピーナッツを売っていたとき、英国人は支払いもせず商品を奪っていくことも多々あったのに対し、日本の軍人は端数まできちんと支払い、折り目正しく勇敢で愛国的であったこと。ある食品メーカーの責任者だったとき、三井物産の社員が無償で技術指導にあたりパイナップル缶の品質向上に尽くしてくれたこと。おかげで輸出が可能になり、のちにマレーシア日本人商工会議所会頭となったその日本人とは長く親交を深めてきたことなど。

マハティール首相は、これまでも日本人を鼓舞するメッセージをさまざまな形で送り続けてきました。その中のひとつ、2002年にマレーシアを訪れた東京都立国際高校の修学旅行生に向けたメッセージ(著書「立ち上がれ日本人」にも収録)をご紹介します。

これを聞いた高校生たちは、「こんなことを言ってくれる日本人の政治家はいない」と涙を流して感動したと言います。実際には、内外を問わず日本人の誇りを取り戻せと熱いメッセージを送るVIPは大勢います。が、日本のメディアはそれを伝えないので彼らの声が大衆まで届かないのが口惜しい限りです。

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~前略~

私が初めて日本を訪れたのは1961年、家族旅行でのことでした。当時の日本はまだ復興途上で、あちらこちらに爆弾による破壊の跡が残されていました。それでも、大阪では水田の真ん中に建つ松下の工場が私の度肝を抜き、オリンピックの準備中の東京では、日本橋の上に高速道路が建設されつつあるのを目にしました。

このとき、私は日本と日本人のダイナミズムを体感したのです。人々が国の再建と経済を発展させるために献身的に尽くす光景は、今もまぶたに焼きついています。その後も訪れるたびに発展していく日本の姿を見てきたからこそ、首相になったとき私は日本と日本の人々から学ぼうと思ったのです。

もっとも注目したのは、職業倫理観と職場での規律正しさによって、品質の高い製品をつくりあげるという姿勢でした。

戦前の日本製品は「安かろう悪かろう」の代名詞でした。しかし戦後は品質の高い製品を次々に生産し、日本は国際社会で大きく成功しました。労働者は職業倫理観が優れていて、管理能力も高い。多くの国民が戦争で命を落としましたが、残された者が立ち上がり、新しい産業を興し、日本はすばやく発展していきました。

電子産業の革命を起こしたソニーもその一社で、すばらしい技術でテープレコーダーを生み出しました。松下は戦後再建し、多くの大企業が次々と復活しました。米占領軍は財閥を解体したけれども、新しい形態の会社が次々と生まれていったのでした。

日本の大企業のシステムは、欧米の会社のシステムとはずいぶん違っていました。会社同士は競争しても、会社は社員の面倒を見る。終身雇用という形態は、西側諸国にはないものでした。社内で従業員による混乱は少なく、労働組合によるデモも就業時間外に行われたため、生産活動には支障を来さなかったのです。

多くの製品が生まれ、輸出され、外貨を稼ぎ、結果として日本は大きく発展しました。私たちが日本からコピーしたかったことは、日本型システムなのです。国を発展させるための政府と民間企業の緊密な関係を、私は「日本株式会社」と呼んでいます。私たちはこの日本から学ぶことで、他の発展途上国に比べて早く発展することができました。

~中略~

いま私は、自分の国に自信をもっています。

その一方で、米国型の極端な経済改革を行なおうとしている今の日本では、失業率も高く、国民が自信を失っているようです。最近の日本の若者は、もはやかつての日本人のように献身的ではなくなったと私は聞かされました。確かに、貧しい人はそこから抜け出そうと必死に働きますが、ひとたび豊かになると人生はたやすいと思ってしまう。そして努力することを忘れてしまうのです。

しかし日本を再びいい国にするために、ぜひ頑張っていただきたい。皆さんには勤勉であるという日本人の素質が根づいているのだから、他国の言いなりになるのではなく、自分の考えで行動してほしい。そして自信を取り戻し、日本人であることに誇りを持ってもらいたいと思うのです。

~中略~

足るを知る。私が幼いころ、母はそう諭しました。お腹いっぱいになる前に食べるのをやめなさい、というのが母の口癖だったのです。

この22年間で、マレーシアの1人当たり国内総生産(GDP)は2倍以上に増えました。日本を目標にした「ルック・イースト政策」が功を奏したことは間違いありません。完全ではありませんが、私たちは日本から多くを吸収することができました。社会のシステムや職業倫理、技術――、そして何より文化に学びました。首相を退任したいまも、私は日本の支援に心から感謝しています。

経済危機の最中にも本当に大きな力になってくれた日本は、私たちにとっての真の友人です。数十億ドルの支援や、マレーシア政府発行の国債に対して保証を打ち出してくれたことでどれだけ助けられたことでしょう。固定相場制を導入できたのも、日本がバックにいるという安心感があったからなのです。ちっぽけな東南アジアの一国の民として、私は日本にいつまでも熱いまなざしを注ぎ続けることでしょう。

どうかいつまでもアジアの力となり、手を差し伸べてほしい。今こそ日本に、リーダーシップを発揮してほしいのです。

引用元:https://www.dailyshincho.jp/article/2018/05140731/?all=1